こんにちは!キツネパパです。
今、僕は看護師として働き、家族と暮らしています。
でも、夢を諦めた夜のことは、今でもはっきり覚えています。20代前半。何も残らなかったと思ったあの頃から、どうやってここまで来たのか。それを、少しだけ書き残しておきたくなりました。
目次
- 声の仕事を追った頃
- 劇団への招待と、手の中からこぼれたもの
- 実家に戻った数ヶ月
- 今も、途中。だけど
- 最後に
声の仕事を追った頃
20代前半、僕は声の仕事に憧れて、養成所に通っていました。
何もないところから一歩を踏み出せたことが、当時の自分には大きかった。週に何度も通い、アルバイトで食いつなぎながら、滑り出しの悪い生活をどうにか続けていた。
でも現実は、厳しかった。
所属していた養成所では、「一定の期間内に昇級しなければ退所」というルールがあった。僕はその期限に間に合わず、気づけばリストから名前が消されていた。
それでも諦めきれず、別の養成所に望みをかけた。だけど次の場所でも、結果は変わらなかった。焦りと不安だけが、募っていきました。
劇団への招待と、手の中からこぼれたもの
ある日、講師のひとりから声をかけられました。
「うちの劇団に来ないか?」と
正直、とても嬉しかった。それまで何も結果を出せなかった自分に、初めて誰かが「必要だ」と言ってくれたような気がしていました。
しかし、家族に報告したとき、反応は予想と違ったんです。
「それ、本当に大丈夫なの?」と
親は冷静に、その講師についての話を聞いてくれました。そして、ネットで調べ、プロフィールやどこに住んでいるのかなど注意点を一緒に見てくれた。最初は受け入れたくありませんでした。でも、説明を聞くうちに、僕自身も「これは違うかもしれない」と気づいてしまったんです。
やっとつかみかけた「初めての成果」は、静かに手の中からこぼれ落ちた。そのとき、心が止まってしまいました。
実家に戻った数ヶ月
僕はすべてをやめて、実家に帰りました。
数ヶ月間、何もできずに過ごし、外に出る気力もなく、ただ時間だけが流れていきました。「夢を追った結果、何も残らなかった」そんなふうに思っていました。
——でも、あの日々が無駄だったかと聞かれたら、今なら胸を張って言えます。「無駄じゃなかったんだ」と。
自分がどこまで本気でやれたか。何を諦めて、何を守ったのか。その過程で見えたものが、今の僕を支えています。
今も、途中。だけど
その後、介護の仕事を経て、看護の道に進みました。
誰かの声になりたいという気持ちは、少し形を変えて、今の仕事にも生きているような気がしています。完璧に夢が叶ったわけじゃない。それでも、立ち止まったあと、また歩き出せました。
夢を諦めた僕に、今なら言ってあげたい。
「それでも、ちゃんと生きててえらいよ」って。
たとえ遠回りでも、立ち止まっても、また歩き出せる。その一歩は、あのとき諦めた自分が繋いでくれたんだと思っています。
最後に
もし今、
「夢を追った結果、何も残らなかった気がする」
「心が止まった時間がある」
そんな あなた がいたら、伝えたいことがあります。
僕も同じでした。止まった時間も、あった。それでも、あの遠回りが、いまの僕を支えている部分もあります。
正解のない道を、少しでも歩いたこと自体が、無駄じゃないと思っています。
では、また。


