こんにちは!キツネパパです。
今、僕は病棟で看護師として働いています。
看護師になって10年、患者さんと向き合いながら、
命の現場で日々を過ごしています。
でも、最初からこの道を選んでいたわけではありません。
昔の僕は将来に自信がなく、自分の人生をどうしていけばいいのか
分からないまま、ただ働いていました。
看護師を目指すきっかけになったのは、父の入院と、
介護の現場で経験した利用者さんの急変です。
目次
- 父が突然入院した日
- 介護現場で、自分の限界を知った
- 働きながら看護学校へ
- 看護師10年。今も、途中
- 最後に
父が突然入院した日
当時の僕は調理師にもなれず、声優にもなれず、故郷へ錦を飾ることもできず目標もなくただ生きるために介護士として働く、実家暮らしでした。
将来について深く考えられていなかった、そんな頃です。
ある日、父が倒れたという連絡が入ったんです。倒れた瞬間は見ていません。
昼間に連絡を受け、次に父と会ったのは病院の病室でした。
正直、立派なことを考えていたわけではありません。「母を支えなきゃ」より先に、「もし今、父がいなくなったら自分はどうなるんだろう」という不安の方が大きかった。
生活の基盤が、父や母の上に成り立っている。自分は一人で生きていけるのか。今振り返るとずいぶん自分勝手だったと思います。
でも、それが当時の偽らざる本音でした。
介護現場で、自分の限界を知った
同じ頃、介護の現場でも忘れられない出来事がありました。
利用者さんの急変です。
突然の出来事で、施設の看護スタッフや医師が救命処置に動く中、僕は自分の無力さを痛感しました。
介護士としてできることはあります。でも命に関わる場面になると、
足りない知識や技術がたくさんある、と思い知らされました。
父の入院で感じた将来への不安。利用者さんの急変で感じた無力感。この二つが、ほぼ同じ時期に重なった。
結局、僕は何もできませんでした。ただ見ていることしかできなかった。すべてを救える仕事なんてない、と今は分かります。
それでも当時の僕は、「もっと何かできるようになりたい」と強く思った。その悔しさが、看護師という道を考えるきっかけになりました。
働きながら看護学校へ
看護師になると決めても、道のりは簡単ではありませんでした。
2度の看護学校の受験失敗。
合格しても働きながら学校へ通う生活。
勉強と仕事の両立。
若い学生に囲まれながら、本当にやっていけるのかと不安になる日もありました。
2年間の准看護学校を卒業し、正看護師の資格のために3年間の夜間学校へ進みました。日中は病棟で准看護師として働き、夜は学校。学校に行ってそのまま夜勤に入ることもありました。
3年目は地獄の実習生活でした。冗談抜きで山のような実習課題。
毎日終わらず、実習期間中はろくに寝られませんでした。
国家試験の勉強も、一度も合格圏内の点数は取れませんでした。
何度も心が折れそうになりました。でも、あの時の悔しさだけは忘れられなかった。だから何とか前へ進み続け、看護師になりました。
看護師10年。今も、途中
看護師になれば自信が持てると思っていましたが、現実は違いました。
今でも急変に迷うこともある。もっと良い関わり方があったのではないかと悩む夜もある。夜勤明けの帰り道に、力が抜ける日もあります。
それでも、患者さんからの「ありがとう」に救われた日も、退院していく笑顔を見て、この仕事を選んでよかったと思えた日もたくさんあります。
父の入院も、利用者さんの急変も、当時は辛い出来事でした。あの時、未熟さや無力さを感じなければ、
ここには来ていなかったかもしれません。看護師10年経った今でも、学ぶことばかりです。
最後に
もし今、
「自分には何もできない」
そう感じている あなた がいたら、伝えたいことがあります。
僕も同じでした。父の入院の前でも、急変の現場でも無力さばかり感じていました。でも、その悔しさや不安が、人生を変えるきっかけになることもあります。僕自身がそうだったからです。
遠回りしてもいい。自信がなくてもいい。大切なのは、
自分なりの一歩を踏み出してみること。
あの日、何もできなかった介護士だった僕は、
今も看護師として命の現場に立っています。
では、また。


